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| 【酒門の会】会員店 |

| お蔵元紹介 |
| 黒 龍 | ■黒龍酒造株式会社 福井県吉田郡松岡町春日1-38■ KOKURYU |
![]() 蔵のご紹介 福井県にある母なる川「九頭龍川」が街の中心を流れ、清流と緑と学園の街で知られる松岡町、ここが『黒龍』を醸し出す、わずか人口一万人程の街です。そもそも『黒龍』の名前は、この九頭龍川から由来するそうです。その昔、大変な暴れ川であったこの川は、「黒龍川」と呼ばれていました。今でも、付近には川の神を鎮める目的で建てられた黒龍神社がいくつも存在します。九頭龍川は天然記念物の「あられがこ」・「天然鮎」が有名でありますが、ことに2月から5月にかけての季節は「桜鱒」・「五月鱒」が遡上するのが有名で、全国から多くのルアーフィッシングやフライフィッシング愛好家がこの松岡町を訪れます。すぐ近くにある天竜寺は、俳聖 松尾芭蕉が「奥の細道」の旅すがら一泊した場所で、翌朝弟子である北枝との別れにのぞみ「物書きて扇引きさく餘波かな」の句を遺して旅立った場所でもあります。また車ですこし足をのばせば、曹洞宗大本山である永平寺があり歴史を感じさせる街でもあります。黒龍酒造では、10月中旬から仕込みを開始し、4月初旬頃に仕込みを終えるという約6ヶ月間の厳しい酒造りを行っています。若手能登杜氏・新谷 修氏を迎え、現在6期目の造りを終えましたがその間に醸造部若手社員の育成にも力を入れ、今では5人の社員が活躍しています。今後も、杜氏制と社員制が上手く融合した酒造りにむけて躍進してゆくことでしょう。 〜酒造りの基本は、あくまでも「手造り」であり、「情熱」を捧げて、お客様と感動を分かち合える「ものつくり」である〜というのが黒龍酒造のポリシーです。『お客様がいまいる瞬間(嬉しい・楽しい瞬間)、その瞬間をさらに素晴らしい時間にする為のお役に立てる存在として、私たちの子供達(お酒)が活躍することを望んでおります。』というメッセ―ジに、酒造りに対する深く秘めた思いが感じられます。 「氷室囲い」について さて、皆様にお届けいたします予定の「氷室囲い」ですが、春先には「吟醸生原酒」、秋口には「吟醸生ひやおろし」をご用意させていただきます。レギュラー商品「いっちょらい」の生原酒とひやおろしになりまして、通常は商品ラインナップにはない氷室のみの企画商品となります。「生原酒」には新酒らしい華やかさと荒々しさがあり、「ひやおろし」には時間を経て落ち着いた滑らかな味があります。「いっちょらい」と比べるとアルコール度が高く(18.5%の予定)、飲み応えがあると思いますので、黒龍の酒が綺麗過ぎて物足りないという方にもご満足いただけると思います。 「氷室」商品は、蔵内のタンクに貯蔵されている原酒を、割水や火入れをせずにお客様の元へ届けられます。氷室の先は黒龍酒造の貯蔵蔵のタンクへとつながっており、コックをひねれば遠く福井にて貯蔵されているお酒がお客様のグラスに注がれます。そんな想いを膨らませながら楽しんでいただけましたら幸いです。 「黒龍」商品リストへ |
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| 明鏡止水 | ■大澤酒造株式会社 長野県北佐久郡望月町茂田井2206■ MEIKYOUSHISUI |
![]() 明鏡止水の故郷 清酒明鏡止水醸造元大澤酒造は、北に浅間山、南に蓼科山を見張らせる長野県東部に位置する北佐久郡望月町茂田井にあります。同郡内には1998年冬季オリンピックも開催された避暑地「軽井沢」があります。平安時代望月町は蓼科山のなだらかな北斜面に開けた「御牧(みまき)」、つまり朝廷へ献上する料馬を育てた御料牧場で望月という名も旧暦8月15日の満月の日、望月の夜に朝廷へ献上されたというところから由来しています。この御牧を統括していたのが「望月氏」でした。鎌倉時代には望月重隆が鶴岡八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)を行うほどその名を轟かせました。山梨県:静岡県に望月の姓の方が多くいらっしゃいますが、この望月氏の流れであります。 茂田井は望月宿と隣の芦田宿(立科町)の間の宿(あいのしゅく)(宿場町の補助宿)として栄え、大澤家は豊富な米、良質の水に恵まれた自然環境を生かして元禄2年(1689年)より酒造りを始めました。明鏡止水とは、『明鏡』はきれいに磨いた鏡のこと、『止水』は静止した水をいいます。つまり、一点の曇りもないまでに磨き上げられた鏡や静止して揺るがない水面のような研ぎ澄まされた心境であり、邪念がなく澄み切った心をさします。この銘柄には強い思い入れがあり、様々なすばらしい人との出会いによって生まれ育った経緯があります。今日のみならず21世紀への大澤酒造の主張、スタイルがこの酒には凝縮されています。 酒に対して心掛けていることなど・・・ 米から造る酒である以上、米の旨みがある個性の強い酒つくりをし、少しでも多くの方々に日本酒を好きになっていただく努力を怠らないことを常に心掛けています。また、お酒を飲まれる方に伝えたいこととして、一つの蔵のお酒だけでなく、たくさんの蔵の様々なタイプの酒を飲み比べることが楽しみとなるような飲み方をしていただくときっといい出会いがあると思います。そんな中の一本に『明鏡止水』もいれていただければ、と思っております。 もう一人の蔵人 「イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!…」という掛け声が掛かる宴会は、誰もが一度は経験あるのではないでしょうか。もちろん私もその一人で、場数は多く踏みました。その時はお酒を味わうなんて事はなく、場の雰囲気や仕方なくといった理由で飲み干し、後々後悔することもしばしば…。これを切っ掛けにお酒に対するイメージを悪くしてしまい、嫌いになる人がいるのも事実です。私の周りにそのような方がいると、「美味しい料理と旨い日本酒をじっくり飲んで頂きたい。」と思っておりました。 今年度の造りは10月21日に杜氏中村誠を始め蔵人が蔵入りし、社員を含め総勢七名により3月下旬までの仕込体制となっております。仕込一本の酒造りは40日以上に及ぶ麹菌と酵母菌の働きの賜物です。私たちは、微生物が良い働きをするための環境を整え、心をこめて醸すのです。そのお酒をお客様に最高の状態で飲んで頂きたい。これは蔵元、蔵人の願いでもあります。そしてなによりもお客様の満足感につながるものだと思います。詰められた氷室は蔵元で味わえる美味しさを店のご主人がお客様に注ぐ。そうです、氷室を扱っているお店のご主人はお客様に一番近い「明鏡止水の八番目の蔵人」なのです。 さて、明鏡止水は氷室スペシャルといたしまして季節をかえ2種類のお酒を皆様にご提供させて頂きます。春は長野県産の美山錦を100%使用した純米吟醸に、40%精米山田錦の純米大吟醸をブレンドした純米吟醸無濾過生原酒であります。弊社の看板商品である純米吟醸より、ひと味もふた味もパンチの効いた味わいを生酒のフレッシュさと共に楽しんでいただけることでしょう。秋には秋の限定商品である金沢酵母で仕込んだ特吟をベースに、35%精米の大吟醸をブレンドした特吟氷室スペシャル。いずれも原料米に山田錦を使用しており、金沢酵母の相性も相まって夏を越した秋上がりの味に深みを増した仕上がりをご堪能頂けるものと思います。 これらの仕込みは1月から2月の厳寒期にかけて仕込まれております。今年の冬は1月になってから冷え込む日が多く、朝の気温もグッと下がり、ちなみに今年の最低気温は氷点下13度でした。寒いというより痛いという表現がピッタリです。最高気温も氷点下の真冬日となる日が続いており、酒造りには絶好の環境となりました。まさに「氷室の酒を氷室の環境下で仕込む」といったところでしょうか。 我々蔵元にとって氷室の最大の魅力は「品質保持」という点にあります。5度以下という低温貯蔵。窒素ガスによるヘッドスペースの置換で酸素の遮断。ステンレス樽のため紫外線の影響を全く受けない。など、お客様に日本酒を提供するにあたりこれほど貯蔵条件が揃っているシステムはありません。このシステムを使ってお客様に明鏡止水を飲んで頂けることは弊社にとりましても通常商品のみならず、氷室スペシャルとしてしか味わえない付加価値の高い商品をご提供し、飲んでいただいた方がご満足していただければとの思いからです。常に「明鏡止水の八番目の蔵人」がお客様のそばにおります。明鏡止水の氷室を飲んだ方が喜んでいただけるよう心掛け、蔵人一丸となって醸しております。これらのお酒はただ酔うだけのものではなく、料理を楽しみ、会話を楽しみ、そして酒を楽しむものです。お酒を美味しく味わっていただき、一人でも多くの方が日本酒を好きになって欲しい。こんな思いは蔵元だけでなく、「八番目の蔵人」にとりましても同じ思いなのです。飲んでいただいた時、グラスの向こうに信州佐久の情景が思い浮かぶような、また他では味わえないお酒のインパクトを感じていただければ最高です。そこには「イッキ!」といった声はなく、お客様のいい笑顔がこぼれると共に「あ〜、旨い!もう一杯!」と声がかかるような演出の一端を「明鏡止水、氷室スペシャル」が担えればと思います。良いお酒との出会いを。 「明鏡止水」商品リストへ |
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| 麓 井 | ■麓井酒造株式会社 山形県飽海群八幡町麓字横道32■ FUMOTOI |
![]() 今年の酒造り 今年の酒造りに関しての特徴は、品質の安定した原料米が潤沢に供給されたこと、そして何十年ぶりかの豪雪が伴った寒い気候であろう。今年の雪の始末は吟醸仕込みと重なって難儀をしたが、近年退職した何人かの蔵人OBが除雪排雪の応援に駆けつけてくれ、大助かりをしている。一方この低温続きの気候は酒造りには絶好で、除雪作業で大変な思いをしている人達を後目に、蔵の中では蒸し米の冷え加減、麹室の乾燥度のとり易さ等、良いこと尽くめでありがたいところだ。機械の時代と言っても除湿機でとれる乾燥度の限界は40%位であるが、厳寒期の絶対湿度の低い空気を加熱して得られる乾燥度は18%位までは可能である。従って設備の整った時代でも自然の条件に恵まれるか否か、天気の神様のご機嫌(世間一般と逆であろうが)の在処は未だに大事である。 日本酒の不振がもたらす影響が、原料米の供給過剰におよんでいる。従って好適米も含めて、原料米の調達には大変ありがたい年であるが、反面、生産農家の側に立ってみれば今後の生産維持に不安を与えたことになるので、中長期的には喜んでばかりいられないことである。 提案する酒のタイプ 私どもは終始一貫して外連身の無い、しかもそこはかとなく深い奥行きを感じ取ってもらえる酒質でありたいと念じつつ酒造りに勤しんでいる。液化仕込みや米糠糖化液が使用された酒など、合成清酒と同じくらい距離感のあるものが同じ清酒の範疇に入っている。そしてそれら酒が市場で増えてきている。このような状況であるから一層造りの原点を大事にした製造法を続けて、日本酒は文化の酒であり、文明による酒ではあるべきではないことを主張していきたいと思っている。 飲み手に感じてほしいこと 造り手が自分の造ったものについて、ここを感じ取ってもらいたいなどと言うのは烏滸がましい限りであろうが、水に恵まれ、気候と環境に恵まれ、きもと造りの技術の伝承がなされ、小さい蔵だが小さいが故に隅々まで目が行き届く、そして蔵人の真剣さと和やかさが反映され、それが飲み手に感じ取ってもらえる、これこそが私どもの目指すところである。 日本酒はワインやビールやその他の種類の酒と異なり、突出した特徴的な味わいが無く、多様な味の要素の微妙な調和がその持ち味である。さらに、酒質の変化が激しいのも特徴である。 その酒質の変化も多くの場合劣化であり最良の状態をお届けするのに、造りと同じほど貯蔵・保管・充填に細かい配慮が必要とされる。幸い(株)花山さんとそのお取引酒販店、業務店の方々はここのところに十分な理解と対応をいただいているので安心していわば旬の酒質にして出荷できるのがありがたい。 「麓井」商品リストへ |
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| 美丈夫 | ■有限会社濱乃鶴酒造 高知県安芸郡田野町2150-1■ BIJOFU |
![]() 平成13年今年の酒造り 今年の酒造りは昨年の11月20日から始まりました。 35歳の杜氏・相原宏一郎と、20代の社員2人の3人を中心とした社員醸造体制になって3年目。一昨年、昨年と試行錯誤しながらも、蔵の体制を徹底的に整え、一歩、二歩と少しずつ前へ進めてきました。いい意味で、 そして今年。若い造り手たちがこれまでの経験してきたことを踏まえ、本年度の酒造りにかける気持ちには並々ならなぬものがあります。自分達の持てる力を十二分に発揮する「勝負の年」と捉えています。目指すのは、価格と品質のバランスに文句の付けようがない製品を造り、酒の状態を最優先に飲み手へ届けること。話題や香りに走りがちな市場の中で、味わい・ふくらみがあって呑み飽きしない本物の酒を追求しています。若い造り手たちは、そのために必要なことを徹底的にこだわってやっています。 石数が500石という小さな蔵ですが、小さな蔵だからこそできることがあります。最高の品質の酒を造るために何が必要か、常にそれを念頭に描き、高いレベルで酒造りをしようとしているのです。 夜明け前から深夜までさまざまな作業に追われていますが、蔵の中には緊張感と熱気、若い力がみなぎっています。大吟醸の仕込みも終わり、タンク1本1本、順調に仕上がっています。自信を持って、お手元にお届け出来ることと思います。 どんなタイプのお酒を提案するか 蔵の特徴 蔵としての考え、今後の方針等 「美丈夫」商品リストへ |
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| 瀧自慢 | ■瀧自慢酒造株式会社 三重県名張市赤目町柏原141■ TAKIJMAN |
![]() 清らかな風土が醸す 伊賀の地酒「瀧自慢」 瀧自慢蔵元は三重県の山間部、奈良県との県境にある伊賀盆地にあります。伊賀忍者でも有名なこの地は、山々に囲まれ、蔵のすぐ近くには、「日本の滝百選」にも選ばれた、国定公園赤目四十八滝の渓谷が続きます。自然あふれる環境は微生物を使った酒造りにとって最高の条件です。お蔭様で本年、五回目の全国新酒鑑評会・金賞を受賞致しました。 こだわりの酒造り おいしいお酒は、良い米、良い水、そして蔵の姿勢により生まれます。瀧自慢では伊賀盆地で契約栽培される山田錦を中心に、赤目四十八滝からの伏流水を使い、南部杜氏「高橋成男」を先頭に、蔵元一体となり妥協を許さない酒造りに徹します。それは厳冬の中、秒単位で行われる米洗いに始まり、管理しやすい小さな仕込タンクの使用、生詰瓶燗による瓶詰、大型冷蔵倉庫による貯蔵等々、大量生産では出来ない、こだわりの一滴を醸します。 瀧自慢は、製造数量わずか五百石の小さな蔵ですが、手を掛けられるところには、隅々まで手を掛け、蔵の個性が酒に表現できる様「こだわりの酒造り」 をしております。瀧自慢の造り手は、総勢6人の少数精鋭チームで造られます。岩手県より高橋杜氏を筆頭に3人、杜氏見習いの30代若手社員、20代住み込みアルバイター、そして専務の構成です。11月より始まった酒造りも折り返し地点を過ぎ、いよいよ山場に入っていこうとしております。暖冬と言われていたこの冬ですが、厳しい寒さも加勢し、順調に美味しいお酒が出来上がってまいりました。今年の「氷室」は蔵元直送の利点を生かした、蔵でしか味わえなかったお酒を、お客様に飲んで頂けるようなものに持っていきたいと思っております。第一弾として、「吟醸 無濾過 生原酒 おりからみ」、しぼったそのままの状態のお酒です。 「 百人が一杯呑む酒より、 一人が百杯呑みたくなる酒 」 瀧自慢は、蔵人蔵元が一体となってこんな酒を目指しています。 「瀧自慢」商品リストへ |
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| 喜楽長 | ■喜多酒造株式会社 滋賀県八日市市池田町1129■ KIRAKUCHOU |
![]() はじめに 『酒は美味しもの』 『よき酒とは、水晶玉のごとく』38歳の若さでなくなった私の父親がよく話しておりました。小学生の私には、よくわからない話でありましたが、 父親の歳を越え、酒造りを真剣に考える時、心に強く感じる言葉であります。まさに、現在の私ども喜楽長が求めるお酒の姿を示しております。 日本の伝統文化のひとつである日本酒。その良き姿を守りつつ、高品質で個性ある日本酒を醸し出して参りたいと考えております。より良き日本酒、喜楽長を求めて日々精進努力する事が、私たちの生き甲斐であり喜多酒造の変わらぬ姿勢です。 会社沿革 実り豊かな近江米の収穫できる近江の国の湖東平野の八日市で、初代の喜多儀左ェ門が酒造りを始めたのは、文政3年(1820年)のことでありました。当時は屋号を天満屋と称し、近隣の農家より米を買い受け、酒を造り、八日市の周辺で酒を売っておりました。以来、酒造業を代々受け継ぎ、百七十数年余り、昭和23年には法人化し、現在は八代目になります。『喜楽長』という銘柄は、お客様に喜び、楽しく、酒を飲みながら、長生きをしていただけるようにと、念じつつ名づけたとのことであります。「趣味は仕事」と父親から教えられてきて、特に際立った趣味はありませんが、読書とゴルフくらいが趣味と言えば趣味であります。しかし、ゴルフは、年間 3回くらいであり、寂しい限りであります。 杜氏 酒造り一筋に四十数年、能登杜氏。先代杜氏の、父親である天保勇の酒造りの心と技を継承し、伝統的な能登杜氏の酒造りを頑なに守りつつ、日々技術の向上に精進いたしております。酒造りは、小さな微生物である、麹(こうじ)や酵母が活躍してくれます。酒造りに携わる杜氏は、麹や酵母が健全に育ってくれるように、良い生育環境を整えてやることが大切であります。まさに、わが子を育てるがごとく、酒造りを行っております。又、天保杜氏を中心に、ベテランの蔵人と、酒造りを志す若い蔵人たちが、心を一つにして、和をもって美味し酒を創り出すために日々邁進いたしております。 全国新酒鑑評会において、平成6年、8年、9年(平成7年は休止)、大阪国税局新酒鑑評会は、平成5年、6年、8年、9年(平成7年は休止)と、金賞を受賞いたしました。 蔵元当地の名物(名所・特産品・年中行事) 私どもが位置する八日市は、名の通り市場町として発展してきました。二日.五日.八日に市が開かれびわ湖の東の湖東平野の中心都市として、栄えてきました。現在は、市場町の機能が弱くなり、緑豊かな田園都市としての都市開発がすすめられています。 特産品としては、古くからの保存食品としての鮒寿司が有名です. 無形文化財として、「200畳の大凧」があり、毎年、5月には愛知川の河原にて、その雄姿を見ることができます。 「喜楽長」商品リストへ |
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| 正 雪 | ■株式会社神沢川酒造場 静岡県庵原郡由比町由比181■ SHOUSETSU |
![]() 私たち正雪の蔵元、神沢川酒造場が在る由比町は北に富士山を背にし、南に駿河湾を望み古くから東西の交通の要所として栄えた町です。小倉百人一首の中に山部赤人が「田子の浦ゆ、うち出でてみれば真白にそ、富士の高嶺に雪は降りける」と歌った場所は現在の富士市田子の浦付近ではなくこの由比の浜であったとも言われています。この町で毎年元旦の正午から1月3日の午前7時30分まで、お太鼓まつりという祭礼が開かれます。この祭礼は西暦797年時の征夷大将軍 坂上田村麿が東国の蝦夷征伐を祈願して、この知の豊積神社を再興し、帰還の折に戦勝祝いとして神楽を奉納した事が起源と言われ元旦より三日三晩太鼓を打ち、音頭をとりながら町内を練り歩く勇壮な祭りです。この千二百年も続くと言われる祭礼も新世紀迎え、また東海道に宿駅制度が制定されて四百年目にあたる今年は東海道400年祭とも重なりいっそうの賑わいを見せました。 この古い歴史と東海道の町並みを今に残す由比町は、駿河湾でしか捕れないと言われる桜えびの産地として水産加工盛んな町でもあります。海岸線に張り付くようにある平坦部には由比漁港を中心に、桜えびやしらすの加工販売の店や伊達巻やかまぼこ、鰯の黒はんぺんの店が並びます。昔は一年中行われていた桜えび漁も今では資源保護のため、3月の下旬から6月の下旬までの春漁と10月の下旬から12月の下旬までの秋漁の2回の漁期を設定しています。桜えび漁が解禁となれば水揚げされた桜えびは朝一番に富士川の河口に運ばれ天日干しされます。富士山を背景に桜えびが干される姿はまるでピンクのじゅうたんを敷き詰めたかのようで、青い空とのコントラストがとても美しいこの地域の春と秋の風物詩となっています。私たちの蔵では秋漁の始まる頃から酒造りが始まり、春漁の始まる頃に仕込みが終了します。酒蔵といえば、真っ先に雪の降り積もる光景が目に浮ぶ方も多いでしょうが、富士山を背に奥駿河湾を目前に望む私たちの蔵は、杜氏や蔵人たちが入蔵する10月の半ばを過ぎても外気温が摂氏20℃を超える暖かな日が続く気象条件の中で仕込みが始まります。 本来寒仕込みという寒冷な条件が理想の吟醸造りですが、当蔵での仕込みが19回目を迎える杜氏山影純悦には温暖な気候の下での知識と経験が十分に備わっています。 暖かいものは冷やせばいい、蔵もサーマルタンクやジャケットタンク、氷や冷水を十分に活用して外気温と戦っています。入蔵してからまず最初にとりかかる事は蔵の内外の清掃と、機械器具の洗浄です。ささらとお湯だけの時代から高圧洗浄機や逆性石鹸までも使用する時代に変わっても、雑菌の繁殖を防ぐ為には確実な作業が要求されます。そしていよいよ洗米から仕込みに入ります。蔵では最初の洗米を祝う初洗や最初の蒸米を祝う初甑といった仕込を祝い醸造の安全を祈る行事や、甑倒しや皆造といった作業の終了と醸造の無事を祝う行事が節目の度に行われます。 初洗には松尾様に尾頭付きにお神酒と塩,米を供えて社長,杜氏以下従業員、蔵人一同が二礼二拍で醸造の安全を祈ります。専務の二人の子供達も参加して小さな手で拍手を打っていました。こうして平成12年度の酒造りの幕が開けました。実際に酒造りが始まり、米や水が麹やもろみにそして酒になって行く時、醸造は農業なのではないかと考えます。同じ産地、同じ品種の米でもほんの少しの収穫の時間の違いで品質に差が生まれたり、同じ収穫の物でも精米してからの時間や、洗米時の気温や水温で吸水率が変化したりとまるで米自体が酒の種子であるかのように、生きているかのように表情を変えていきます。麹やもろみはほんの少しの違いが味や香りを変えていきます。夜蔵の中を歩きもろみの立てる音を聞いていると、麹や酵母の生命を感じ、酒が何か意思を持った生き物のように、そしてその生き物が成長しているかのように思えてきます。結局良い酒を目指し手間を惜しまず、智恵を絞ってもこの生き物の声を聞き環境を整えてあげる事しかできないように思います。 最善の状態でお手元までお届けできるよう生酒は瓶詰め速やかに冷蔵庫に保管できるよう、火入酒は生詰瓶燗して冷蔵庫にと従業員達が準備を進めています。ここに来てようやく気温も下がりました。蔵の外に氷りがはり水仕事がつらく感じるようになると、吟醸タンクは次から次へと仕込みに追われ三月の皆造まで忙しい日々が続きますが、良い酒を醸していきたいという想いを失うことなく、すべての仕込みが安全に終了し一歩でも目標に近づくよう蔵元、杜氏、蔵人、従業員一丸となり努力していきたいと思います。 「正雪」商品リストへ |
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| 初 亀 | ■初亀醸造株式会社 静岡県志太郡岡部町岡部744■ HATSUKAME |
![]() 会社沿革 初亀醸造は寛永12年(1636年)、現在の静岡市で創業し、明治初年現在の岡部町に移り現在にいたります。岡部町は東海道五十三次の宿場として栄えた町で、初亀はそんな旅人の体と心を癒す酒として親しまれて来ました。初亀醸造と吟醸酒の歴史は古く、昭和42年に静岡県、名古屋局、全国清酒品評会『当時東京農大主催』全ての品評会で第一位を受賞したのを記念し発売を始めました。 。今から34年ほど前のことであります。その後も昭和52年に日本で一番高額な酒として当時の小売価格1万円の『亀』の発売に踏み切り、全国の蔵元の驚きをかった蔵です。 蔵のコンセプト 初亀醸造のコンセプトは、造り酒屋としての本質の追求にあります。物の時代から心の時代に代わる中、本物の酒造り、本物の人作りを考える酒屋を目指します。お米に関して言えば安全で高品質で割安な酒造好適米を使用します。その為には農家との共生を考えなくてはなりません。現在山田錦は、兵庫県東条町産(特A地区)との共生会を進め、五百万石、雄山錦は、富山県、南砺農協産にこだわり平成12BYを仕込みました。一部地元の静岡産山田錦も使用いたしましたが、日本の農業の将来を一所に考えていける農家との共生を考えています。又、酒造りは手造りの酒造り技術の継承と、自分にうそのない満足の行く仕事を汗を惜しまず丁寧に行い初亀を醸したいと思います。最後の人造りが大きなメインテーマですが、全て自分自身の修行と考え感謝できる会社の創造を目標にし、家族と社員と共に人の成長できる土壌を提供出来る造り酒屋を目指します。 御蔵元ご当地の名物、名所、年中行事 岡部町はお茶とミカンと竹の子の街です。お茶は高品質の玉露の産地として有名で、独特の味は広く全国から誉め称えられております、又ミカンは言わずと知れた名産です、あと竹の子ですが温暖な土地で、早くから芽が出る為、東京などの料飲店に高額で取引されております。又、岡部町は安倍川と大井川の中間に位置し、東につたの細道で有名な宇津野や峠の有る峠の宿場町です。お祭りとしては,大龍勢祭りが有名で、10月中旬『3年に1回』岡部町朝比奈地区で農民の農民による龍勢ロケツト大会が行われます。10メートル近くの竹の先に、竹で制作した火薬筒に町内の各部落が古くから伝承されてきた火薬の配合で龍勢を創り上げる祭りです。当然素人集団が作る龍勢花火ですので、成功率60−80%となり、対抗意識が祭りを盛り上げます。昼射ちと夜射ちとありますが、小さな街の田んぼ一面桟敷が作られ、酒を交わしながら秋の一日を楽しみます。 杜氏のご紹介 初亀醸造梶A杜氏(滝上秀三)は昭和7年1月1日生まれの69歳です。石川県珠洲市に生まれ15歳より蔵人となり33歳で杜氏となりました。現在まで54年間の酒造りの中36年間の杜氏としての歴史は現在の滝上杜氏を支えています。 初亀の蔵に来たのが1983年の11月ですから今年で18年目を迎えます。その間数々の賞に輝きましたが、能登杜氏の新酒品評会において第一に3回も輝いた初亀の誇りの杜氏です。毎年毎年一年生として酒造りに取り込む杜氏ですが、近年は酒は造るものでなく、生まれるものであると申しております。生まれるまで、育てるのが杜氏蔵人の仕事であると言い、あたかも我が子の誕生を喜ぶ父親のように生まれて来るまで昼夜と無く酒を育てております。そんな杜氏の愛により醸された大吟醸に喜び感動する地酒ファンに感謝し酒造りをしております。 「初亀」商品リストへ |
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| 墨廼江 | ■墨廼江酒造株式会社 宮城県石巻市千石町8-43■ SUMINOE |
![]() 蔵のご紹介 太平洋と北上川の接する河口に開けた町"石巻"は、その昔伊達藩の米の積出港として栄え、また千石船が多数往来する海路交通の拠点地でした。現在では東北きっての漁獲高を誇る港町として有名な所です。その北上川西岸地区一帯は江戸時代、墨廼江町と呼ばれており北上川支流の墨廼江川が流れ、水の神様を祭った墨廼江神社がありました。澤口家の初代・澤口 清治郎は、仙台・河原町の旧家で呉服反物問屋と造り酒屋を兼営する『泉屋』に生まれ、成人すると一部財産を分けてもらい米の積出港として栄えていた石巻にその息子・安治と共にやって来ました。そして『泉屋』より分けてもらった財産を資金に海産物問屋と穀物問屋を始めるに至りました。その後、若くして他界した父に代わり事業を継いだ二代目・安治がどんどん事業を拡大していき、海産物問屋としては、三陸漁業権の七割を確保し、また本場静岡焼津より職人を呼び寄せて、石巻では初めて鰹節を製造し、ラッコ船にまで手を広げていきました。当時、墨廼江には、その地名"墨廼江"をそのまま酒名にして酒造りを行っていた井上家という商家がありました。初代・清治郎の代より井上家に酒米を納入していたご縁もあって、造り酒屋を譲り受けて創業いたしました。1845年弘化二年のことでした。ただ酒造りの方はあくまでも副業的な存在で事業の柱は海産物問屋、穀物問屋だったようです。酒造りが本業になったのは三代目・清治郎の時代と言われております。その後四代目・安五郎、五代目・安右衛門と酒造り一筋に専念し、現社長・康 紀氏が平成11年10月に六代目に就任するに至っております。 今年の酒造り 宮城県の酒造りは全国でも高級酒の生産比率が高いのが特徴です。具体的には、"吟醸酒・純米酒・本醸造酒"と呼ばれる特定名称酒の 生産比率は全国随一の水準にあります。弊社墨廼江でも700石弱の造りの84%がこの特定名称酒の造りになっております。また本年度より特定名称酒に使用する米を全量酒造好適米(兵庫県産・山田錦、長野県産・美山錦、福井県産・五百万石、秋田県産・吟の精、宮城県産・蔵の華)にし、北上川の伏流水と宮城県酵母を使い、全社員一力となっての丁寧な酒造りを徹底したものとし、"綺麗" "品格" "飲み飽きない"酒を目指しています。 「墨廼江」商品リストへ |
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| 美 田/三井の寿 | ■井上合名会社 福岡県三井郡太刀洗町大字栄田1067-2■ BIDEN/MIINOKOTOBUKI |
![]() 蔵のご紹介 三井の寿は福岡市の中心より40キロ下がった筑後平野の中、三井郡太刀洗町にあります。大刀洗町には南北時代、南朝の醍醐天皇派であった当地域の武将、菊池武光と北朝の足利尊氏の少武頼尚が大合戦を行った古戦場があり、この時勝利を納めた菊池武光が血刀を洗ったという川が今でも流れており、大刀洗川として名を残している。 筑後平野は九州最大の筑後川によって形成され、この川の一つに小石原川があり、この清流の川辺に「三井の寿」の酒蔵が建っています。祖父の時代、廻りの田んぼで収穫されるお米を集めて、すぐ前を流れる川より船に乗せて川を下り、下流域の蔵々へ酒米を収めていました。酒蔵へ何度も行き来をする内に酒造りを学び、酒米の目利きを生かして大正11年に免許を取得したのが当蔵の造りの始まりでした。また福岡のお酒は、明治末から昭和30年頃まで灘に継ぐ全国第2位の生産量を誇っていました。 福岡の酒造り 三井の寿の蔵人 「美田」/「三井の寿」商品リストへ |
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| 扶桑鶴/凌雲 | ■株式会社桑原酒場 島根県益田市中島町ロー171■ FUSOUZURU/RYOUN |
![]() 清酒「ふそうづる扶桑鶴」を醸造しています株式会社 桑原酒場と申します。 弊社は、明治36年(1903年)の創業です。 島根県西部・いわ石み見地方にある人口5万人程の益田市に所在しています。益田市は、島根県の西端に位置し、山口県と県境を接しており、近隣には、観光地として有名な津和野町(島根県)や萩市(山口県)などがあります。益田市の名所として、宮廷歌人として活躍し、『万葉集』の歌人でもある「柿本人麿」を奉ってある柿ノ本神社があり、その境内一帯を中心にして万葉の歌にかかわる植物を約100種類程植栽した雄大な万葉公園や、日本美術史上最高の画家として名高い「雪舟」が500年程前に作庭した庭園のある医光寺、万福寺などの旧跡などがあります。また、特産品として、日本海をすぐ側に控えているため、新鮮で豊富な種類の海の幸を楽しむことが出来、また、中国地方有数の鮎の産地である、私共の蔵の近くを流れている高津川で捕れる鮎の塩焼き、背ごし、うるかは一級品です。 私共の蔵のある島根県の石見地方は、日本海側では比較的温暖な気候ですが、仕込み時期の朝夕の冷え込みは厳しく、空気は清澄で、酒造りに適した環境に恵まれています。 弊社としての酒についての考え方は、特に生活に溶け込んだ酒としての純米酒に力を注いでいます。また、新酒時の味に惑わされずに、しっかりとした強い酒を造り、低温で熟成させ、秋上がり、燗上がりするお酒を目指しており、何杯飲んでも「うまい」と言っていただけるお酒を目指しています。弊社のお酒は、立ちのぼる強い香りはありませんが、口に含んでいただいた時に広がる適度な柔らかな香りと爽やかな喉越しを楽しんで頂きたいと思います。 「扶桑鶴」/「凌雲」商品リストへ |
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| 益荒男/常きげん | ■鹿野酒造合資会社 石川県加賀市八日市町イの6■ MASURAO/JOUKIGEN |
![]() 益荒男の故郷 霊峰白山の眺望がすばらしい加賀の地は、平安末期より室町中期までには七つの荘園があり、先人達の生きた壮大な歴史とロマンを秘めている。常きげんの蔵元があるここ八日市は、その当時「額田の庄」と呼ばれる所に位置していた。近くには、山中、山代、片山津、栗津の温泉があり、これを称して加賀四温泉と呼ばれ全国の浴客に親しまれている。伝統産業では九谷焼や山中漆帰、菓子産業があり、四季折々の移ろいの中で、白山連峰の山の幸や日本海の荒海で採れた魚介類は桜や紅葉、雪の加賀路ならではの楽しみである。 蔵のご紹介 杜氏は能登の四天王のひとりでもある「農口尚彦」 「益荒男」/「常きげん」商品リストへ |
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